2046
http://www.2046.jp/
「2046」を深く理解しようと思ったら、ウォン・ カーウァイ監督の過去の作品「欲望の翼」と「花様年華」を見ておく必要があるかと思う。1960年代の香港を描いた「欲望の翼」と「花様年華」は、あらゆる点で「2046」とつながっているだけでなく、それらの作品に登場したキャラクターの変奏曲として重層的に重なってくる。
「2046」でカリーナ・ラウの演じたキャラクターは、「欲望の翼」のダンサーのルルであり、コン・リー演じた女ギャンブラーの名前スー・リーチェンは、「欲望の翼」「花様年華」でマギー・チャンが演じた役名と同じ。さらに、トニー・レオン演じるチャウも過去の2作とルックスも名前も同じ。しかし、チャウのキャラクターは「花様年華」とは少し違ったものになっている。「2046」でのチャウは、むしろ「欲望の翼」でレスリー・チャンの演じたヨディに重なってくる。今は亡きレスリーの影を、トニーに反映させようとする試みは、「ブエノスアイレス」での2人の関係ともつながってくる。
名前が同じで容姿が変わったり、容姿が同じでキャラクターが変わったりする手法は、劇中の小説「2046」に登場する木村拓哉のキャラクターがその小説を書いている本人トニー・レオンと重なっていることにもつながっている。そこには、形(容姿)や時代(過去と未来)が変わっても、一貫して変わることのない人間のかかえている「想い」を描くための、カーウァイなりの手法だと思う。
ウォン・ カーウァイは、こうした遊び心に満ちたセンスと表現方法によって、「欲望の翼」「花様年華」「2046」という「1960年代香港トリロジー」の一見とりとめのないように配置された反復するパズルのような物語を組み立てていったように思う。
ただ、「2046」の正しい楽しみ方は、結果として理解できるこうしたストーリーのパズルを解くことではなく、「今、この瞬間を感じる」ことのように思う。ワンシーン、ワンシーンが写真集のようなクリストファー・ドイルの撮影した映像美やウィリアム・チョンの美術。卓越したセンスで配置された音楽のすばらしさ。もちろん、衣装も。そうした、映像に配置されたディテールの美しさや時間の流れ、それに身を委ねて「今、この瞬間を感じる」ことのように思う。
「2046」は、ある意味「夢」を描いた作品であり、観客はカーウァイとスタッフ、キャストが5年という時間をかけて創りだした上質の夢物語を満喫し、体感することのように思う。「夢」の中では、ストーリーはとりとめのないもの。それが、「2046」には反映されてるよう思う。
もしストーリーの意味や意図が今ひとつわからなかった消化不良の方は、「欲望の翼」と「花様年華」を見たあとで、もう一度、その夢を思い出してみると、「2046」という未来であり、過去であり、現在であるその「何か」を感じることができるのではと思います。結局、映画に答は必要ないんですね。そんなことをあらためて感じさせる作品でした。













